今回は絵具の「ガッシュ(GOUACHE)」について解説します。
信頼できる情報源を参照しよう
個人で情報発信している私が言うのも説得力に欠けるかもしれませんが、個人の書いた書籍やインターネット上の言説(TwitterなどのSNSやYahoo!知恵袋など)は基本的に信頼性に欠けるものが、非常に非常に多いです。
たとえば絵具に関しての信頼できる情報源は、絵の具に関する学術論文や専門書、絵の具メーカーから発信された情報などです。
以下は、画材メーカーのホルベインによる「透明水性と不透明水彩(ガッシュ)の違い」の解説です。水彩絵具とアクリル絵具は組成の違う絵の具ですが、ガッシュの原理の説明としては基本的に同じです。
これでガッシュの説明を終わりにしたいのですが、具体的に解説していきましょう。
そもそも「絵の具」って何?
そもそも「絵の具」って何でしょう?とてもざっくりと説明すると、絵の具とは「色のついた接着剤」のことです。
絵の具には色のもとになる成分が入っています。赤には赤の発色をする成分が、青には青の発色をする成分が入っています。
基本的に絵具の色のもとになる成分は「顔料(がんりょう)」と呼ばれる色のついた粉になります。ちなみに顔料を英語で「ピグメント」と呼びます。
接着剤として何を使うか?
顔料を紙にすりつけても、粉なので定着しません。粉を定着させる接着成分が必要になります。その接着成分によって、絵具の種類がわかれます。
日本画で使われる岩絵具(いわえのぐ)は、接着成分に「膠(にかわ)」を使っています。
岩絵具 ≒ 顔料 + 膠(にかわ)
現代では膠(にかわ)と聞いてもピンとこない方が多いでしょう。膠の主成分はコラーゲン由来のタンパク質である「ゼラチン」なので、ゼラチンもしくはコラーゲンと呼ぶほうがイメージしやすいかもしれません。
膠は動物の皮や骨を煮出して抽出します。膠の語源は、皮を煮るので「煮皮(にかわ)」から転じたとの説もあるようです。
油絵具の接着成分は「油(乾性油)」です。
油絵具 ≒ 顔料 + 油
台所の油汚れって、なかなか落ちませんよね。油は固まると非常に強い接着力を発揮します。
水彩絵具の接着成分は「アラビアガム」です。
水彩絵具 ≒ 顔料 + アラビアガム + 水
アラビアガムは、アラビアゴムノキという植物の分泌物です。水彩絵具の他に身近なアラビアガム製品といえば、冷たい水でもよく溶ける性質があるので、アイスコーヒーに使われる「ガムシロップ」が代表でしょうか。一般的にアラビアガムの割合が多い水彩絵の具を「透明水彩」、アラビアガムの割合が少ない水彩絵の具を「不透明水彩」と呼びます。不透明水彩は「マット水彩」や「ガッシュ」と呼ばれる場合もあります。
アクリル絵具の接着成分は「アクリル樹脂」です。水性のアクリル絵具は以下のような構造です。
アクリル樹脂 ≒ 顔料 + アクリル樹脂 + 水
アクリル樹脂の身近な製品といえば、コロナ禍で透明な仕切りとして活躍したアクリル板がイメージされるでしょうか。アクリルは透明度が高く加工もしやすいので、ガラスに代わって使用される例が見受けられます。熱帯魚を飼育する水槽も昔はガラスが多かったと記憶していますが、最近はアクリル樹脂を使った水槽も多くなりましたね。アクリルセーターなどのアクリル樹脂を繊維状にした衣服もよく見かけます。
ちなみにアクリル絵具は、絵具としては比較的に新しい製品になります。製品化に成功したのは1950年代なので、まだ百年も経っていませんね。
アクリル絵具はアクリル樹脂と水を乳化させた液体(アクリルエマルション)と顔料を混ぜています。水が蒸発して残ったアクリル樹脂が接着剤の役割を果たします。ですから、乾く前は水で薄めたり、筆も水洗いできますが、乾燥後は耐水性になります。乾燥する前に筆は洗っておきましょう。
水彩と同じくアクリル樹脂成分が多いアクリル絵具は、一般的に透明度は高い傾向にあります。アクリル樹脂成分が少ないアクリル絵具は一般にアクリルガッシュと呼ばれます。
なお、実際の絵具には腐敗を防止する「防腐剤」や、低温でも凍りにくくする「凍結防止剤」、粘度を調整する「増粘剤」などの、さまざまな添加剤を使っています。
ガッシュとは何か?
ガッシュとは、ほぼ「不透明」という意味のざっくりとした理解で(実用上は)問題ないと個人的に思います。もともとは塗装の技法の1つを指す言葉だったんですが、現代では「不透明」の意味で使われることが一般的です。
水彩絵具やアクリル絵具には、『ガッシュじゃないヤツ』と『ガッシュ』の2種類があると思ってください。
このあたりがゴチャゴチャになっている方も多いんですよね。無線LANとWi-Fi(ワイファイ)の違いにも少し似ています。「神戸牛」は「牛」ですが、「牛」は必ずしも「神戸牛」とは限りません。「アクリルガッシュ」は「アクリル絵具」ですが、「アクリル絵具」は必ずしも「アクリルガッシュ」とは限りません。
隠ぺい力?オペイク?
塗料の下地を覆い隠す度合いを「隠蔽力(いんぺいりょく)」と呼んで表現します。隠ぺい力が要求される身近な塗料の例として、修正液が挙げられます。ボールペンで間違えて書いた文字を上から白く塗りつぶすのに、文字が透けて見えてしまうと目的が果たせません。白は透けやすい色なんですが、修正液の白には高い隠ぺい力が要求されます。
また、下地を覆い隠すことを「オペーク」または「オペイク」と呼んだりもします。「隠ぺい力」を「オペーク力(おぺーくりょく)」や「オペイク力(おぺいくりょく)」と呼ぶこともあります。メーカーによって隠ぺい力の高い不透明なホワイトを「オペークホワイト」や「オペイクホワイト」と称して販売しています。(「スーパーオペークホワイト」という「めちゃくちゃ白!」という製品もあったりします。)
ガッシュは不透明なので、一般的に隠ぺい力の高い塗料になります。ガッシュやオペイクといった名前の絵具があれば「不透明な絵具なんだな…。」と思っても…ほぼ大丈夫です…。
ガッシュだからといって不透明なわけではない
これもややこしいポイントなのですが、ガッシュと呼ばれていても不透明じゃない絵具も存在します。さきほどガッシュは不透明と思ってほぼ大丈夫と書いておきながら、色によっては半透明なガッシュを出しているメーカーもあります。
イギリスのコルアート社から販売されている画材ブランドの「リキテックス」のアクリルガッシュ(製品名は「ガッシュ・アクリリックプラス」)には、いくつか半透明も存在しています。たとえば色番号004のキナクリドンマゼンタは半透明ですね。
ガッシュはツヤ消しで「すりガラス」のようなもの
ガッシュは接着成分を少なめにした塗料と解説しました。なぜ接着成分を少なくするかというと、顔料の比率を高めて乾燥後の表面を細かくデコボコ、ザラザラにするためです。塗装の表面をザラザラにすることによって、光を乱反射させて隠ぺい力・不透明度を上げています。
いわば透明ガラスの表面に細かいデコボコ加工をほどこした「すりガラス」、「くもりガラス」のようなものです。なので、ガッシュは必然的にツヤ消し(非光沢)になります。
ここで問題になるのは、ガッシュの上から光沢のクリアをコーティングすると表面のデコボコが平坦になるので、隠ぺい力が落ちてしまいます。(極端に言えば「すりガラス」が「透明ガラス」になる。)
ガッシュの上にグロスバーニッシュなどは塗らないほうが無難でしょう。
ガッシュの接着力は弱い
ガッシュは接着成分が少ないので、接着力は弱くなるデメリットがあります。また、塗装面のひび割れなども起きやすかったりします。このあたりの弱点をどう補うかが、絵の具メーカーの苦心するところでしょうか。
アクリル絵具は隠ぺい力が高い?
Twitterで「アクリル絵の具だから隠ぺい力が高い」というつぶやきを見かけることがありますが、アクリル絵の具だから隠ぺい力が高いわけではありません。
私の愛用するリキテックスの「ガッシュじゃないヤツ」のアクリル絵具ですが、以下のように隠ぺい力の高い順に「不透明」・「半透明」・「透明」と隠ぺい力、透明度の違いによって3種類に分類されています。
ロイヤルターレンス社の(ガッシュじゃないヤツの)アクリル絵の具だと、「不透明」・「半不透明」・「半透明」・「透明」と4つに分類されています。
ガッシュじゃないヤツにも不透明が存在するのもややこしいですね…。
リキテックスの絵具はキャップの色に注目
リキテックスのチューブ入りアクリル絵具は「ガッシュじゃないヤツ」と「ガッシュ」の2種類あります。さらに「ガッシュじゃないヤツ」は練りの硬い『レギュラータイプ』と練りの柔らかい『ソフトタイプ』の2種類あります。「ガッシュ」は『ガッシュ・アクリリックプラス』という製品名です。それぞれ絵具のフタ(キャップ)の色で判別できます。
- キャップの色が「灰色」→『ガッシュ・アクリリック プラス』(全50色)
- キャップの色が「白色」→『レギュラータイプ』(全128色)
- キャップの色が「黄色」→『ソフトタイプ』(全111色)
掲載している画像のガッシュは廃番になった古いタイプなので現行品とは違いますが…。(ちなみに画像の『ソフトタイプ』も古いヤツですね。古いほうはバニーコーポレーションの印字。)
ガッシュにする設計はさまざま
一般的に絵具をガッシュにするには、接着成分を少なめにして塗装の表面をザラザラにすると説明したのですが、他にもいくつかガッシュにする方法があります。顔料の粒子の大きさを変える、顔料の種類を変える、顔料の配合比率を変える…などなど方法は多岐に渡ります。
白を加える
透明度の高い絵具をガッシュにする古典的な方法として、少量の白を加えるという方法があります。
たとえば下記のリキテックスの「ガッシュじゃないヤツ」の『色番号084 ターコイズディープ』の顔料(ピグメント)の項目を見てみましょう。
これはPB15:3という青の顔料とPG7という緑の顔料の2種類配合とわかります。(PBは「ピグメントブルー」、PGは「ピグメントグリーン」の略。)透明度は半透明ですね。
では、「ガッシュ」の『色番号084 ターコイズディープ』の顔料(ピグメント)の項目を見てみましょう。
PG15:3とPG7の他に白色顔料のPW6が配合されています。(PWは「ピグメントホワイト」の略。)透明度は不透明に分類されています。
「ガッシュじゃないヤツ」の『色番号063 ニュートラルグレー7』の顔料(ピグメント)の項目を見てみましょう。
PBk9・PBr7・PW6の3種類。(PBkは「ピグメントブラック」、PBrは「ピグメントブラウン」の略。)
「ガッシュ」の『色番号063 ニュートラルグレー7』は…。
PW7という種類の違う白色顔料をさらに配合していますね。(リキテックスが複数の白色顔料を配合するのは珍しい。)
このように白を混ぜてガッシュにするという方法があります。
顔料の配合比率を変える
顔料の配合比率を変えてガッシュにしているケースもあります。
「ガッシュじゃないヤツ」の『色番号162 プルシャンブルーヒュー』。
これはPB15:3とPV23にPBk11を加えています。(PVは「ピグメントバイオレット」の略。)透明度は半透明。
「ガッシュ」の『色番号162 プルシャンブルーヒュー』。
これはPB15:3とPBk11にPV23を加えています。透明度は不透明。黒の顔料の比率を上げて、不透明度を上げたと推測できます。
このように同じ顔料を使っていても、配合比率によって透明度を設計しているようです。
顔料の種類を変える
「ガッシュじゃないヤツ」と「ガッシュ」で、まったく顔料の違う色もあります。
「ガッシュじゃないヤツ」の『色番号078 ビリジャンヒュー』。
顔料はPBr7とPG7の2種類。
「ガッシュ」の『色番号078 ビリジャンヒュー』。
顔料はPY184とPB15:3の2種類です。(PYは「ピグメントイエロー」の略。)同じ色名と色番号でも、配合している顔料が異なっているというのは面白いですね。(もともとPBr7とPG7の組み合わせでも不透明だったので、これは塗膜の強度を考えての組成変更なのかもしれません。)
複数の顔料を使う
一般に絵具は違う色を混ぜていくほどに黒に近づいて、発色が鈍くなると言われています。同じ原理で単一の顔料を使うよりも、複数の顔料を使うほうが不透明度は上がります。
「ガッシュじゃないヤツ」の『色番号048 ローシェンナ』。
顔料は単一でPBr7のみ。
「ガッシュ」の『色番号048 ローシェンナ』。
面白いことに4種類の顔料が配合されています。(これは色味の調整で黄色顔料を添加したのかも…。)
このように「ガッシュじゃないヤツ」と「ガッシュ」って、組成の違いがあったりします。ネット上だと「ガッシュ」は接着成分を少なくした…という説明しか見たことがないのですが、わりと他にも複雑な要素が絡んでいます。
ガッシュの価格は高い?
「ガッシュ」は接着成分が少なく、顔料の配合比率が高くなるので、「ガッシュ」の絵具の方が値段は高くなり…ます…。
事実、ホルベイン社のアクリル絵具の「ガッシュじゃないヤツ」と「ガッシュ」では、「ガッシュ」のほうが高価です。
しかしながら、メーカーによっては「ガッシュじゃないヤツ」よりも「ガッシュ」のほうが販売価格は安かったりします。
これは言葉は悪いかもしれませんが、炭酸カルシウムやタルクのような安価な材料(体質顔料)で「かさ増し」して、つや消し効果や接着成分の比率を下げて、ガッシュにしている可能性があります。(よく言えば「企業努力」。)
おそらく100円ショップで売られているアクリルガッシュ絵具も、似たようなコストダウンをしていると思われます。(ただ、100円という低単価でアクリル絵具を作るのは、水彩絵具よりもはるかに難易度の高いハードな仕事なので、個人的には敬意を抱いています。)
以上、絵の具の「ガッシュ」の解説でした!